迷球界入りの助っ人外国人プロ野球選手名鑑

| コメント(1)
ここでは日本で活躍ネタになった助っ人外国人野球選手を紹介しておこう。データはインターネットでかき集めてきたものだから、信用度はよくわからないのでご了承ください。


<中日>

カスティーヨ (投手・1987)
負けた腹いせに、ロッカールームでスパイクを燃やした男。どうせならグローブも燃やして帰れよ。
ブライアント (野手・1988~1995)
いわずと知れた近鉄で大活躍した選手である。中日では外国人枠を超えてしまったため「ゲーリー」と悩んだ末、近鉄に人身売買してしまったのである。なんとももったいない話である。そして彼は三振の日本記録を次々と塗り替えていった。
ディステファーノ (野手・1990)
オープン戦から乱闘して退場になる血の気1000%男。横浜球場のベンチも破壊した。その割には打たなかった。
バンスロー (野手・1990)
3割以上を打つ好成績を残したにもかかわらず、家族が日本になじめずにやむなく帰国した。
スコット・デビッド・サービス (投手・1991)
生涯成績1イニング自責点1・・・
李 鍾範[リー・ジョンボム] (野手・1998?2000)
「韓国のイチロー」と称される。性別以外はイチローとは似ても似つかず。

<阪神>

グリーンウェル (野手・1997)
入団直後のキャンプで故障していきなり帰国していった。帰ってきたと思ったら記者会見の席でいきなり「神のお告げ」といって引退を表明した。
マクドナルド (投手・1997) 
投手コーチに「二軍の高橋のほうがマシ」といわれたにもかかわらず、なぜか入団。
ワンポイントで登板したが、まともに抑えられず即二軍行き。実に当時の阪神らしい外人。

※ぜひアイケルバーガー(下参照)との対決が見たかった。

<国鉄・ヤクルト>

ペピトーン (野手・1973)
家庭での離婚問題を理由に野球どころではなくなり帰国。戻ってきたら「マンションの入り口が日本人サイズで小さいので、頭をぶつけて頭痛がするから試合に出られない」「スパイクを忘れた」「手にマメができた」「足が痛い」などの信じられない理由を連発して朝青龍もしのぐふざけぶりで球団が見放した。
アイケルバーガー (投手・1995~1998)
ハンバーガーみたいな名前だし、開幕戦でサヨナラ暴投でそのままさようなら。

<広島>

アレン (野手・1992)
解雇のうわさが流れると、突然打ち始める典型的な例。3年目はそうはいかなかった。

<大洋・横浜>

レスカーノ (野手・1987)
速球が怖い」と意味不明なことを言って去っていった。速球が打てん野球選手って・・・

<巨人>

ライト (投手・1976)
球団初の外国人投手で入団。交代に不満で監督室のガラスを割ったり、ユニホームを破ったり、通訳の胸ぐらをつかんだりと大暴れ。「クレージー・ライト」と呼ばれた。
ガルベス (投手・1998)
判定への不満から球審にボールを投げつけ無期限出場停止処分になった。
メイ (投手・2000)
打席を何度も外した阪神・和田の顔付近にボールを投げつけた
ローズ (野手・2005)
緩慢な守備を指摘したコーチと一触即発に。「ジャイアンツ大嫌い」と不満をぶちまけた。
ミセリ (投手・2005)
守護神を期待されて入団も4試合で0勝2敗、防御率23.63と期待を裏切り、4月19日に退団。直後に家族と浅草で人力車に乗り、観光を楽しんだ。
ライアル (野手・2013)
代打で見逃し三振。そのまま交代させられたら怒っていつの間にか帰ってしまっていた。

<阪急・オリックス>

アニマル (投手・1986~1987)
相撲にはまったこっけいな外人。吠えるパフォーマンスで一躍有名に。引退後はたけし軍団に入った。
トーベ (野手・1992~93)
「トーベが神戸でホームラン」なんてもてはやされた時代も終わり、53打席連続無安打だという日本新記録を残して消えた。
タイゲイニー (野手・1993~1994)
ブーマーに「日本人はホームランを打つと喜ぶからデカイのを狙え!」と言われてヒットも打てなくなった凡打王。
D・J (野手・1995~1996)
イチロー談「グリーンスタジアムの新しいDJが来たのかと本当に思った」(グリーンスタジアムはウグイス嬢の代わりにDJがアナウンスします)。1年目はそれなりに活躍した。
ボニチ (野手・1997~1998)
二軍で退場になったり、三冠王になったり・・・一軍で見せ場なしだった。そんな試合を奥さんは毎日見に来ていたらしい。

<南海・ダイエー・ソフトバンク>

ライト (野手・1988)
『5番 レフト ライト』どっちやねん!
ミッチェル (野手・1995)
実力はあるがとにかく試合をさぼる問題児。くわえて、キャッチボールもできないほどの肥満児。開幕戦の初打席で満塁弾と華々しいデビューも5月下旬に膝の故障を理由に無断で帰国。再来日後も素行の悪さが目立ち、8月に帰国するとそのまま退団した。
ペニー (投手・2012)
メジャー通算119勝、最多勝の経験も見込まれ、年俸2億2800万円で期待され入団。しかし、1試合3回1/3・6失点・64球だけで、右肩が痛いという嘘(検査異常なし)で帰国し、5月8日に退団した。日本の球界になじめなかった、そうだがそんな理由だけで1球356万円は高すぎる。どうやら米国でオファーがあったらしく、それから練習にも参加しなくなり、帰国後は「米国最高!ひゃっほー」とツイッターした歴代外国人でも最低ランクのクズ詐欺師。

<ロッテ>

インカビリア (野手・1995)
2軍(マイナー)経験なしの実績を引っさげてやってきた超大物はあっさり日本で2軍を経験する羽目になった。
ローズ (野手・2003)
元ベイスターズで活躍した選手・・・だったのだが、入団後28日という最速記録でキャンプ中に退団した。
オーティズ (野手・2003~)
オリックス入団退団後、米国に一旦帰り再来日してロッテへ入団。2010年現在、ダイエーで活躍中。よく打つし、センスもより選手なのだが、「打球をグローブを投げて止めた(実際は止まらなかった)」という草野球でもやらない伝説のプレイで有名になる。曰く「魔がさした」そうだ。
またスライディングキャッチに失敗してグローブを置いたまま球を追いかけた、というプレーもある。グローブ嫌いなんか?

<近鉄>

テリー・リー (野手・1984) 
リー兄弟とは関係がない。しかもテリーという選手も西武にいたためにフルネーム登録となる。 ひとつきあまりの試合で10本のホームランを放つ強打者。通算10本のホームランで終わった凡打者。
マネー (野手・1984)
活躍している最中、藤井寺球場にゴキブリが出るというのを理由に帰ってしまった。
デービス (野手・1984~1988)
大活躍中に、自宅で大麻を栽培していることがばれ、逮捕された。
カンセコ (野手・1991)
あの名選手カンセコの弟。史上最強のバッタもん。
C・D (野手・1996)
D・Jのバッタもん。イニシャルシリーズ最後の人。

<日本ハム>

スノー (投手・1974)
史上最強の素行不良外人。なんと初給料をもらった翌日から行方不明になる。捜索の結果すでに帰国していたのである。理由は「日本で暴漢に襲われた」「母親が心臓発作で危篤状態だった」と小学生並みの苦しい言い逃れをしていたのに怒った球団が三行半をたたきつけた。
カンポス (投手・1994)
監督に「ポンカス」と呼ばれてクビになる。
マッキントッシュ (野手・1995)
ビル・ゲイツの圧力により解雇された、というわけでもなく活躍できずにクビ。

<太平洋・西武>

ハワード (投手・1974)
メジャー382本塁打の実績も、右膝の故障でわずか1試合に出場しただけで5月に退団した。
カラーラ (投手・1998)
デビュー戦だけ活躍する外人が多い中、デビュー戦で先頭打者ホームランされるという華々しいデビューを飾った。
シアンフロッコ (野手・1998)
お金の無駄遣いの代名詞みたいな選手。


   

コメント(1)

こんなサイトがありましたよ。
>歴代助っ人外国人完全名鑑